第一話 幻月
第二話 さらなる<偶然性>と見えていなかった<必然性>
第三話 ちょっぴり早い、クリスマスイブ ―深紅のバラ―
第四話 雪化粧
第五話 お帰りやす
第六話 生演奏
第七話 You Can Do Magic
第八話 Last Train
第九話 美しく流れるメロディライン
第十話 結婚するって本当ですか?
第十一話 Antonym『アントニム』
第十二話 魑魅魍魎
第十三話 俯瞰
第十四話 陶酔
第十五話 ダブル・・・
第十六話 Survive(生き抜く)
第十七話 絶体絶命
第十八話 Out Of Control & Take My Breath Awa
第十九話 I Cannot Die
第二十話 乱高下
第二十一話 STORIES
第二十二話 Brain Jack
第二十三話 人間らしさ…Into the Conflict
第二十四話 影
最近は、遅くとも午後八時には、クリニックを後にすることにしている。
理由は明白。
少しでもいいから睡眠時間を増やしたいからである。
心底、心身の休息を欲している。
最大の課題は、心身のチャージをいかに無駄なく効率化するかである。
なぜなら、週に唯一の休息日である日曜日、私の身体はぐったり。
日曜日に疲労が抜けた月曜日は、清々しく動くことができる。
が、疲労が完全に抜けないままに、日曜日が明けた場合、月曜日からの毎朝、今日も診療と思うととても<憂うつ>になる。
しかしながら、そこから思考を切替え、布団のなかで、大腿四頭筋を起点にして、ゆっくりとストレッチモードに入る。次は体幹を中心とした臀筋、腸腰筋などの筋群…足首、足裏…すべて布団のなかで行い、少しずつ身体が伸びているのを感じる.
立位で布団から出る。その次は大胸筋…
ここまで来れば、もう大丈夫。
あとは流れに任せばいい。
無事、クリニックに到着し、診療を始め、夜八時前には完全に終了。
最後は帰路に着く。
午後八時過ぎでも、表参道駅はいつも乗り換えの人でごった返している。
年に数回、改札口の駅員さんのお世話になっている。
入場券を買って、表参道駅の構内に入り、構内のあるお店の<あるもの>を購入する。
常識的に言えば、入場券、あるいはそれ相応の金額を支払い購入する。
ところが、顔見知りの駅員さんが、気を利かせてくれることがある。
稀に駅員さんに「構内の○×に入りたいので、ここを通っていいですか?」と了解を取って入場券なしで構内に入れてもらえることもある。
粋な計らい。
ただし、構内を出るときは、「必ずここを通過して、そのときに領収書をみせてください」と確認の言葉を言う。
「もちろん、了解しています」
私はマスクを常にしているので、マスク越しであるが、同じ駅員さんに遭遇することがある。
数分で<あるもの>を買うなどの簡単な買い物をさっと終わらせ、表参道駅の地下構内を潜り抜け、地上階に上がる。
表参道駅構内外ではなく、渋谷駅構外のデパ地下がベストと思うが、渋谷まで歩いていく元気は、午後八時過ぎには残っていない。
そもそもデパ地下は閉まっている…?
地下鉄に全然乗らないのに、地下鉄駅構内にいる人はそういない。
私は、決して構内をウロウロしない…女性は品選びに時間を割く…女性の買い物の最たる特徴。
私は、余程のことがない限り、女性の買い物に付き合わない…そこで迷う時間がもったいない。
私は、最初から目的を決めて動くので、早いときは一分もかからない。
数秒の早業で終わらせる。
購入するものが決まっているから迷うことは一切ない。
マスクで顔を隠しているので、クライアントにすれ違ってもわからないと思っていた。
が、身体つきなどの私の特徴を知っている、常連さんの人の眼はごまかせない。
とくに言語聴覚系よりも視覚系優位の人の場合、形状認知などが異常に長けている人はそうである。
私が想定している以上に、クライアントの人たちとすれ違っている。
その一方で、人違いも多い。
視覚系がいいと自信を持ちすぎると足元を救われることがある。
とくに思い込みが激しい人はまさしくその系の人たち。
「先生、昨日中目にいたでしょ?」
「それは間違い…」
「そっくりだったけど」
「東京に三十年以上住んでいて、中目を素通りして横浜方面に向かうことがあっても、中目は私には希薄…。
私は中目で下車したことが一度もない…100%人違い…」
私を見かけたという人は多いが、ほとんど人違い。
今日も診療帰りに表参道駅構内に立ち寄る。
支払いのとき、「あれ財布がない…」
カバンのなかを探すがない…さっき、立ち留まって、<ある別のもの>をカバンから出して元に戻すときに、財布が一緒にこぼれ落ちた。
カードからすべてを入れていた財布がない。
現金は大していれていないから、その被害は最小限。
表参道の交番に落し物届けのために直行。
明後日の京都出張は中止…茫然。
「誰かが拾ってくれるかもしれない…運が残っているかもしれない…」。
「何、馬鹿な妄想を抱いているの?」と言い返す人が家族にいる。
疲れているので、喧嘩する元気さえもない。
私は、すぐに就寝して爆睡…。
ここ十年以上、都内の多くの警察署から飛んでくる、精神科的な診療に関する、緊急の依頼を、どんなに忙しくても時間を作り、私なりに対応してこなしてきた。
全然大した診療ではないが、
都内あちこちの警察署のある部署の担当者から
「今から診て欲しい人がいるのですが?」と言われ続け、
「○×時に空いていますから、そこであれば、今からすぐに来てもいいですよ」と言い続けて二十年前後経つ。
それなりに貢献してきたのだから、運は必ず残っていると信じていた。
翌朝、ある警察署に財布の届がないかどうかの確認の電話。
すると「届けがあります…」
読み通り。
とは言っても、ある意味、奇跡に近い。
運が残っていた…。
家族のひとりが一言
「日本も捨てたものじゃない…私も人の財布を交番に届けたことがあるから、あなたの運の下地を私が作ったの…」
言いたい放題…聞いて聞かぬふり。
京都出張が見事に復活。
しかし、一泊二日のとんぼ返りの強硬スケジュール。
京都から東京行上りの帰り道、米原付近を通過し、東海道沿線では雪で遅延する可能性の最も高い関ヶ原付近を通過。
昨日から日本列島の日本海側は大雪、テレビで見た記憶が、頭の片隅に残っていた。
まさか、その一端を、滋賀県米原から岐阜県関ヶ原近辺で、窺うことができるとは思わなかった。
京都駅を出て、朝早い新幹線でうつらうつらしているときに、辺り一面の大雪が白銀になり、その反射で非常に眩しい。
「やけに眩しいなあ」と思いつつ、
眼を開けると、視界に入って来る世界が<雪化粧>…見事なまでに一変している。