南青山アンティーク通りクリニック

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ようやく見えてきた輪郭

第五十一話 人間嫌い

―断ち切れない依存社会―

令和八年九月六日(日曜日)


今から何十年前の話。
遠い昔。何故か理由はわからないが、偶然が重なり、同級生の10-15%が精神科の専攻を決めた。
一県にひとつ、ようやく医学部が設置され始めた頃、街にメンタルクリニックはなかった。
あってもひとつあるかどうか。薄暗い待合室には、使い古されたパイプ椅子の軋む音が聞こえてきた。
ボロボロになるまで働き続け、心身の「疲労骨折」を起こし、ようやく私たちのもとにやってくる時代だった。
就労スタイルの変革に伴い、「疲労骨折」の時代は終わりを告げ、現代は軽い「違和感」やわずかな「不適応」さえ、見過ごされない時代へと変わった。その当時、誰一人として、こういう今の時代を迎えるとは思わなかった。

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そして、見えないものが見えるようになった。かつては息を潜めていた人々の輪郭が、少しずつ浮かび上がってきた。
それは、気を許せるごく一部の人以外は受けつけないという「人間嫌い」の人たちである。
彼らは、生来の強い対人不安や緊張を抱えている。「協調性の乏しい人」「適応力に欠ける人」として片付けられていた。

彼らは、本当に「人間」を嫌っていたのだろうか。
彼らが苦手としているのは、常に顔を合わせ、情緒の共有や同調を求められる、我が国の集団依存的な社会構造ではないだろうか。彼らが求めているのは、常に顔を合わせなくても、本質的なところで分かり合える、自立した関係性である。だからこそ、個の独立性を比較的重んじる文化のなかでは、むしろ生きやすい場合がある。
 私の臨床経験では、彼らはニューヨークやパリのような欧米の大都市のほうが適応しやすいように思う。
しかし、欧米でも小さな街には、人との濃密な関係を求める「ムラ社会」があり、そこでの距離感に苦しむことがあるかもしれない。自分で距離や関係性を調整できる、動植物、人形、ぬいぐるみ、バーチャルの世界では、何の問題もない。
たまたま集団への同調を強く求める社会に生まれたがゆえに、「生きづらさ」を痛切に感じ、「人間嫌い」という言葉を使っているに過ぎないのかもしれない。

歴史を振り返れば、興味深い事実が、否応なしに見えてくる。
彼らのなかには、突出した才能を持つ人もいる。群れから距離を置く孤高の精神が、ときとして、科学や芸術、技術の新しい地平を切り拓いてきた。
彼らに必要なのは、特別な矯正や過剰な干渉ではない。それは、彼らの存在を認め、肯定することである。
無理に形を変えようとせず、必要以上に踏み込まない。彼らの精神を、善意という名の干渉で削り取ってはならない。

 私は、人類発祥後まもない遥か遠い彼方まで、時代を遡ることにした。

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