南青山アンティーク通りクリニック

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ようやく見えてきた輪郭

第五十三話 どこかで見かけた光景

―古代を眺める私―

令和八年九月六日(日曜日)


もう一度、同じ地点に視点を向ける。様々な光景が視界に入ってくる。

ライオンを取り囲む者たちがいる。呼吸を合わせ一斉に声を上げる、輪の中心には入らず、少し離れた場所に立っている者もいる。仲間と同じようには動けない。けれど、彼だけが、背後から近づいてくる別の気配を感じていた。少し離れた場所に立つ者が、いつも群れを救ったわけではない。何もできず、ただ立ち尽くしていた者もいたかもしれない。

南青山アンティーク通りクリニック院長のブログイメージ

私は、その姿をどこかで見たことがある。
毎日、診察室で向き合っている人たちのなかに、よく似た眼を持つ人がいた記憶がある。
例えば、気配を感じ取れる、異常なまでの感覚過敏、あるいは危険察知能力が長けているとしよう。
彼らは、職場で馬が合わない人がいるなどの何らかの原因があり、それが引き金となり、やがて離職することもあったかもしれない。あるとき、彼らは会社に属することをやめ、とても小さな会社を立ち上げた。そこでは、対人的な軋轢はなく、ルールは自分で決めることができる。徐々に息を吹き返し、安定した呼吸ができるようになった。交渉事は信頼できるパートナーに任せ、彼らは能力を如何なく発揮できるようになり、まもなく生活は安定した。
同様のケースは、稀にみかけることがある。
彼らでないとできない仕事がある。彼らが能力を発揮できる環境さえ整えば、周囲の想定以上の結果を出せた。

人類は彼らを完全に切り捨てなかった。いや、切り捨てることができなかった。その痕跡が、今も私たちのなかに残っている。
歴史は姿や形を変えて、同じ事象を何度も繰り返している。
よく観察しないと見落としてしまう。見えるべきものほど、見えなくなることがある。

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