南青山アンティーク通りクリニック

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第四十九話 世界観

令和八年八月十三日(木曜日)


 スポーツの世界では、毎年、MVP(Most Valuable Player、最も価値ある選手)が選出される。MLBでは、2010年以降、「構造」評価とも言える、WAR(Wins Above Replacement、代替可能な選手に比べて、何勝分上ずみしたか)と呼ばれる指標が使われてきた。
そのWARでは、ひとつの華々しい能力ではなく、打撃、走塁、守備を含め、その選手が勝利にどれだけ貢献したかを総合的に評価する。
これによって、見えにくかった守備や走塁の価値まで数値として表れる。
本物のプロは、難しい守備を、誰にでもできる簡単な動作のように見せる。逆にアマチュアでは、それほど難しくない処理でさえ、ぎりぎりの際どいプレーに見えることがある。

MLBの記者の多くは、WARを軸とする評価の世界に生きている。MVPは記者投票で決まる。
記者投票前の段階で、WARの数値を見れば、その結果は推測可能である。WARの数値と記者投票との大きなズレは、以前よりも少なくなった。
すでにWARを軸とする評価には、ひとつの確固たる世界観が形づくられている。
 大谷選手のように二刀流であれば、投打の貢献が積み重なり、他の選手を大きく上回るWARを記録する可能性がある。
もし今年彼がMVPを取れば、4連続5回目となり、あと二度で、バリー・ボンズが持つ最多七度の記録に並ぶ。

 今年、シカゴ・カブスでは、PCA(ピート・クロウ=アームストロング)という、センターの守備に著しく秀でた選手が活躍している。PCAは打って、走ることができ、それに加えて、メジャー最高の外野守備力を持っている。
その結果、今年のWAR値はきわめて高い。
かつてのイチローをイメージしてもらえればわかりやすい。2001年から2010年のイチローの全盛期には、現在ほどWARを軸とした評価の世界観は定着していなかった。
もしかつてのイチローが、今のMLBにいれば、毎年MVPの候補に成り得る。

 米国は、新しい評価基準の構造を作り出した。
 学術の世界でも、半世紀前なら甲乙をつけ難かった人たちの差を、今ではさまざまな指標によって数値で捉えようとする。
 日本的な曖昧さや気配の文化とは違い、その曖昧さを可能なかぎり数値化しようとする、まさしくアメリカンスタイルである。
しかし、数値が価値を生み出したわけではない。そこにあった価値を、私たちがようやく見えるようになっただけなのかもしれない。
それでも、いまだ数値にならないものは数多くある。「評価とは何か」「価値をいかに評価するか」などという普遍的な問いは、そう簡単に消えるものではない。

 いつか、家庭のなかで誰がどれほど貢献しているかを測る、「家庭版WAR」が作られるかもしれない。
家事、育児、家族への気遣い――これまで数字に表れなかった働きが、的確に評価される時代である。
仕事を持ちながら、その役割の多くを担っている人は、間違いなく高い数値を示すであろう。
見えなかった役割が数値として姿を現すたびに、私たちは新しい世界観を手に入れるのかもしれない。