南青山アンティーク通りクリニック

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見えないもの(6編)

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第五十話 天下分け目の決戦

令和八年九月ニ十五日(金曜日)


 令和八年八月五日。
 あり得ないことが起きた。
おそらく、同じ光景を二度と見ることはない。 
朝九時から、千駄ヶ谷の日本将棋会館で、藤井聡太は広瀬章人と伊藤王座への挑戦者決定戦を行っていた。
勝てば、昨年伊藤さんに奪われた王座のタイトルのリターンマッチになる。六冠から七冠に向けての逆襲の第一歩である。
とても大きな分岐点。
朝十時、診療前にパソコンを開くと、すでに何十手も進んでいる。二人の研究範囲内であるため、序盤は驚くほど速く進んでいた。ここから、約十二時間に及ぶ闘いが続く。診察スタート以後は、診療が途切れたときに、画面で表示されているAI%を見る。素人の私では、どちらが優勢か判断できない。そういうとき、AI%でおおよその形勢判断ができる。

空にたそがれが広がり、夕食を注文する頃には、藤井さんが優勢を大きく拡大していた。すでに雌雄は決したように思えた。

夕食に何を注文するのかと思いきや、藤井さんが選んだのは、七百円のバナナチョコクレープだけだった。
一方、広瀬さんは千円のハンバーグ定食を注文した。画面には、注文したメニューのアップと価格が表示されている。広瀬さんが鞄から財布を取り出し、おつりを確かめながら現金を払う姿まで、カメラは映し続けていた。
共通点は、二人ともお子様メニュー。

藤井さんは、知らない人がいないというほどの、百年に一人の天才。
広瀬さんも、十六年前には、早稲田大学在学中に「王位」のタイトルを奪取した天才。
新旧天才同士の対決。
私は心の高まりを抑えながら、画面を見つめていた。
猫背ではないが、そのときばかりは緊張で体が丸くなった。

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