南青山アンティーク通りクリニック

南青山アンティーク通りクリニック

南青山アンティーク通りクリニック院長のブログイメージ

言葉になる前の無意識の前に


令和八年五月十六日(土曜日)


言葉になるかならないか

毎日、青山骨董通りを往復して歩く。
風の向きや光の粒の変化に、できるだけ耳を澄ませるようにしている。

歩く人々の足取りにも、
それぞれの無意識が滲んでいる。
花を撮り、誰かに届けようとする人。
都会の真ん中で、ひと息つくために立ち止まる人。

南青山アンティーク通りクリニック院長のブログイメージ

言葉になるかならないか、その直前の光景が、
心の奥のほうで静かに息をしている。

最近、その無意識の層の中で、
今にも言葉として浮上しそうな情景が、
渦を巻くように集まってきている。
v 彼らはまだ名を持たず、
薄い膜のように表層に漂っている。
ただ、こちらの気配をうかがうように、
出てくるタイミングを計っている。

無意識の表層

彼らは静かに息を潜め、 無意識の表層に、薄い膜のように浮遊している。
けれど、私は全然気づいていないことも少なくない。 それらの情景は、まるでタイミングを計っているかのようだ。 今、飛び出すべきかどうかを考えながら。

南青山アンティーク通りクリニック院長のブログイメージ

始まり

始まりはいつも同じ。

クリニックのドアがチリン、チリンと鳴る。
私の診察室の外では、風がうねりを上げ
はっきりと聞き取れるほどの音を、自分の存在を示している。

控えめに優しくドアを開ける人が来た。
ドアの開け方で、誰が来たのかわかることがある。

南青山アンティーク通りクリニック院長のブログイメージ

すり足でかすかな音をたてる人。
緊張感で咳払いをする人。
一切の音を遮断し物静かに順番を待つ人。

診察室の中の言葉よりも、待合室での動きがその人の心が正確に投影していることがある。
私は、待合室で待つ姿勢を静かに眺めている。

笑顔のクライアント

ある人が診察室に入ってくる。
数か月ぶりだ。
とてもいい笑顔をしている。
光の角度で変わるような、微細な笑顔の揺らぎ。
それが哀しみを隠す笑顔なのか、 心をそのまま露呈しているのか、すぐには判断できない。

最初は、息を潜めていた。
少し間を置くと、話し始める。
どうやら、重い話ではなさそうだ。

私にも体調がある。
もし重い話なら、適切な言葉を返せる自信がない。
表層に浮かぶ程度の、軽いタッチなら、まったく問題ない。

精神科医が言う言葉ではない。

ここでは本音を出してはいけない。
それでも、できるだけ自然な会話をするようにしている。
私が構えた瞬間、クライアントも構えるからだ。

意識は伝播する。
不要な空気を漂わせてはいけない。
だが、それは理想であり、 実際の臨床はそう上手くはいかない。

営業スマイルをしても、勘の鋭い人には通用しない。

電線の上を歩く

今日は湿度が高い。
窓の外では風が強く、
枝葉がざわめき、空気が揺れていた。

ふと視線を上げると、
ハクビシンが電線の上を歩いていた。

南青山アンティーク通りクリニック院長のブログイメージ

強風の中、
まるで空中回廊を渡る影のようだった。
 六本木の裏道で見る姿とは違う、
 別世界の生き物のような身のこなし。

社会適応

彼女はふっと笑った。
「この風の中で、私もハクビシンみたいに歩けたら、
職場でもうまくやれるかもしれない。 あの子に勇気をもらいました。」

私は言った。

「不安定な電線の上でも、
彼は迷わずに進んでいる。
誰も見ていないようで、
見ている存在は必ずいる。」

天使の贈り物

昔、<天使の贈り物>という映画があった。
とても小さな物語。

南青山アンティーク通りクリニック院長のブログイメージ

人の姿をした天使が、
クリスマスの礼拝の日に
“気配としての奇跡”を起こす。

彼は、信じる力だけを残して去っていく。
今、目の前にいるのは天使ではない。
ただのハクビシンだ。
期待は淡く終わるかもしれない。
それでも、風の中で揺れる何かがあった。

笑み

彼女の口元に、ふっと笑みがこぼれた。
その瞬間、こんな表情を持っていたのかと、
私は少し驚かされた。
帰り際の彼女の背中は、風に触れたように、どこか軽やかだった。

 

余白(アーカイブ)